頻度が高い循環器領域の主訴をもった患者に対する研修医による予診研修

伊賀幹二、八田和大、西村 理、今中孝信、楠川禮造

天理よろづ相談所病院 総合診療教育部

632 天理市三島町200   TEL 07436-3-5611 FAX 07436-2-5576

キーワード;外来診療、病歴聴取、循環器疾患、卒後教育

抄録

卒後2年目の初期臨床研修医11名を対象として、各人2か月連続して週2回、循環器内科外来で指導医が診察する前に病歴と身体所見をとる機会を設け、研修医が問題解決型の外来研修をするための条件を検討した.対象となった主訴として、胸痛、動悸、呼吸困難、失神発作、心電図異常の精査目的、高血圧の精査目的を選択した.研修医は指導医と、病歴・身体所見から考えられる疾患、それに対する血液検査・心電図・胸部X線の有用性と限界を論じた.研修医11名に対し、新患総数は217例であった.研修医はこの実習で、循環器疾患における病歴聴取および患者の全体像をみることの重要性や、入院適応には医学面以外の因子による制約があることを理解したと回答した.研修資源として多くの症例を経験することは必要であるが、それに加えてきちんと指導医に監督されることにより始めて実りある外来研修になると考えられた.

Taking history and physical examination for patients with cardiovascular common complaints in the outpatient department by medical trainees audited by a qualified cardiologist

Kanji Iga, Kazuhiro Hatta, Satoshi Nishimura, Takanobu Imanaka and Reizo Kusukawa

Department of comprehensive medical care and education

Summary

We had 11 post-graduate 2nd-year medical trainees set up a chance to take history and physical examination for patients whose complaints were chest pain, palpitation, dyspnea on effort, fainting, asymptomatic electrocardiographic abnormality or hypertension. Each trainee continued this program for consecutive 2 months in a conductor's outpatient clinic where the clinic was open twice a week; average patients number was 19 per each trainee.

The conductor discussed the trainees regarding the way of making a diagnosis logically and the necessity of emergency treatment. The trainees realized that taking history precisely is a most important diagnostic tool, systematic approach is important, and clinical decision is often influenced by other factors than medicine. Experiencing such kind of patients is necessary for medical trainees to improve the ability of taking history and physical examination, however, it is more important to be audited by a proper conductor.

はじめに

近年、保険制度の変化、医療費の増大により入院期間はより短期となり、診断・治療は入院から外来へ移る傾向がある.入院患者においては、検査及び治療方針は外来医によってすでに決定されていることが多く、研修医は単に指導医に命ぜられた予定の特殊検査を依頼することが多い.従って、そのような研修では、専門検査の読み方を習得することには有用であるが、病歴と身体所見から患者の問題点をピックアップし、その解決法を考えるという問題解決型の研修とはほど遠い.

我々は、循環器専門外来において、循環器領域の頻度の高い主訴に対して指導医が診察する前に研修医が診察する外来研修を行った.この研修に対する研修医の評価ならび研修医が始めて新患に接する本院の救急外来に対するアンケート調査より、このような問題解決型の外来研修が成り立つための必要な条件につき検討した.

対象ならびに方法

卒後2年目の初期臨床研修医(以下研修医)11名を対象とし、本院において全員が義務づけられている救急部研修2か月の間に、著者の1人である指導医(卒後19年目、内科専門医かつ循環器専門医)の週2回の循環器内科外来で、胸痛、動悸、呼吸困難、失神発作、心電図異常の精査目的または高血圧の精査目的といった外来受診の頻度の高い主訴をもつ新患に対して、患者の了解を得た後、指導医が診察する前に30分間を目安として病歴と身体所見をとる機会を設けた.

まず、1.研修医が診察した後、指導医に症例を要約・報告した.2.研修医が当日に依頼したい検査の種類とその必要性を指導医と論じた.3.指導医の外来において病歴・身体所見のとりかたを見学し、心電図、胸部X線等の読影所見と診断に至る思考過程を論じた.4.緊急入院の必要性も含め、治療の緊急性、処方すべき薬剤、次回の来院すべき日時、今後の検査の予定を論じた.指導医は、研修医に以下の点を考慮することを強調した.1.病歴と身体所見から考えられる疾患とその根拠.2.疑った疾患に対する心電図、胸部X線、心エコー図等の簡単な検査の感度と特異度.3.頻度の高いこれらの主訴に対する病歴の聴取方法の習熟.4.患者の経済的および家庭的バックグラウンド、および治療・検査を実施することによる生活の質の変化.5.同じ症状を呈する心臓病以外の疾患との鑑別.指導医との討論は1症例につき15?30分であった.全員の研修が終了した時点で、この研修に対する自己評価として参加研修医全員に匿名でアンケート調査を行った(表1、設問1-9).

夜間の救急外来は、本院において研修医が新患に接する唯一の場所であるが、その救急外来における研修と比較するために、救急外来についてもアンケート調査を行った(表1、設問10-13).

結果

研修医11名に対し、新患総数は217例で、胸痛74例、動悸46例、呼吸困難20例、失神発作18例、心電図異常26例、高血圧33例であった.外来受診後1か月以内に入院した例は28例、入院は必要なかったが通院が必要であった例が136例、放置可能と考えられた例は53例であった.指導医は、これらの患者へのサービスとして他の新患々者より順番をはやく診察するように心がけた.そのため、他の患者と比較して帰宅時間は変わらなかった.この研修における新患217例において、「もう少しはやく診てほしい」との苦情は少数例でみられたが、研修医が診察したあと指導医の診察を待たずに帰宅した等、診療を拒否された症例はなかった.入院病棟は可能な限り研修医が勤務する総合病棟にし、すべての検査が終了し結果が判明した後、我々が過去5年間続けている循環器疾患カンファレンスでも取りあげ、最初の外来の時点におけるアプローチが適切であったかを中心に研修医と論じた(1).

指導医は、各研修医の実習終了前における新患の診断、検査および治療法を論じることにより、「研修医は今回提示した主訴に対する系統的なアプローチはこの研修を始める前にはできていなかったが、2か月後には全員が病歴聴取の方法が著明に向上した」と研修医を評価した.研修医に対するアンケート結果およびアンケート以外の研修医からの個別の意見を表1に羅列した.

考察

今回選択した6つの主訴のうち、前半の3つは日本内科学会が初期教育として習得が必要としているものであり(2)、後半の2つは検診が一般化した現在、この異常所見の解決を目的に外来を訪れることが多い訴えである.

現在の初期臨床研修では、入院患者に対する診断・治療を実施することにより、医療技術を習得するのが一般的である.しかし、入院患者は、外来担当医(指導医)に選択され、またある程度の検査は施行済みであるので、緊急入院症例以外では、入院後に研修医が検査の初期計画を立てることは少ない.一方、外来では、入院とは異なり短時間に患者の重要な問題をピックアップし、必要最小限の検査をし、緊急入院の必要性を判断し、次回の受診日を決定しなければならない.現在の医療情勢を考えると、初期臨床研修として研修医が外来研修でこのような判断力を養うことは必須となってきており、実際に米国ではレジデント教育に外来教育を多く取り入れている.

本院では、夜間の救急外来のみが研修医が新患に始めて接するところであり、研修医以外に卒後3?6年目の後期研修医も夜間当直しバックアップしている.当院は、三次救急に指定されていないため、いわゆる救急病院とは患者層が異なり、内科学会が提唱する習得すべき20の主訴の比率が比較的多い(3).従って、救急外来というより実態はむしろ夜間診療であり、common diseaseを経験するという点からは初期臨床教育に有用である.今回の対象主訴のうち、胸痛、呼吸困難、動悸、失神については救急外来で多くの症例を経験していたにも関わらず、指導にあたる後期研修医の専攻科目が内科以外に多岐に及ぶためか、基本的には研修医の診療を十分にはオーディットできていなかった.また、可能な検査は限られており、かつ患者数が多いため、個々の症状または所見に対する問題解決というより、その場を何とか切り抜け、翌日に専門科へ紹介することを目標としていることが多かったと多くの研修医がこの研修を受けた後に反省していた.また、自分が診た患者の転帰はカルテを取り出さない限り知る方法はないが、忙しいため実際にそこまでした研修医は少なかった.

一方、今回2か月間施行した研修は、研修医一人平均新患数は19.7症例と少ないが、指導医に直接オーディットを受けれるということ、通常の検査はすべて実施可能であるということ、循環器疾患の特徴としてその日にある程度の結論がだせるという有利性があった.本研修は、入院患者についての研修とは異なり、自分で患者の問題をピックアップし、その日に解決できるということが忙しい研修医の興味をひいた.患者の転帰については、救急外来の患者と異なり指導医を通じて知ることができた.また、これらの症例が入院すれば最終結論がでてから、フィードバックとしてその初期治療の正当性を中心にカンファランスでも取り上げられ、より効果的な研修が可能となったと思われた.これらのことが可能であった理由は、本院は循環器疾患についてすべての診断確定検査が可能であり、患者も途中で転医することがほとんどないことがあげられる.

症例の転帰では、入院または、入院は必要なかったが通院が必要であった例があわせて76%と高い有病率であった.その理由は、本院における専門科診療は、初診の症例はすべて他科の医師または院外からの紹介であるためと考えられた.研修対象症例の有病率が低下すると勉学意欲が低下する.我々は、過去に総合外来で1年目の研修医に対しこのような研修を実施したことがあったが、有病率が少なかったことから自然消滅した経緯がある.有病率の高い患者群から予診をとることは、プライマリーケアという概念からみると問題があるが、反面、研修医が問題解決型の診療体制に興味を持ち外来研修を持続できるという長所がある.循環器疾患の日常遭遇する主訴に対する外来研修は、紹介状をもたずに来院できる総合外来より専門外来の方が有利であると思われた.

研修医の自己評価として、「胸痛、動悸、労作時呼吸困難という頻度の高い訴えに対するアプローチ」は10名が、「診断に対する病歴の大切さ」、「短時間で症例の呈示ができること」は9名が、「心電図・胸部X線の重要性と限界」は8名が、「患者の全体像をとらえ、総合的に患者を診ることの必要性」、「短時間に患者の問題点をピックアップしその解決法を考える習慣」は7名の各研修医が理解できたとし、認知領域の教育に関してこの研修の有用性が示された.

各種の検査・手術の適応は国家試験でも問われるため、卒前教育として大学で広く教育されている.しかし、実際の臨床では、教科書的に絶対適応であっても、患者を納得させる必要があり、これについては、最近では標準模擬患者等で教育がなされている(4).今回、研修の対象となった症例のうち、緊急の入院をすすめたにもかかわらず、仕事や家庭の事情等でどうしても入院できない症例も少なからずみられた.そのような症例を経験することで、8名の研修医が、入院適応の因子として、患者の好みや生活の質、周囲の状況等医学的以外の因子を考える必要が認識できたとしており、この研修が情意領域の教育に関しても有用であった.

研修医は、救急外来において研修資源としては十分な症例数を診ているにもかかわらず、その場で上級医にオーディットされず、患者の予後に対する情報等も得ることがなかったため、実りある研修にはなっていなかった.アンケート調査より判明したことは、初期研修のうちは多くの同じ様な症例を経験するより、1症例に十分な時間をとってきちんと指導医と論じることの方がより重要であることである.

実りある外来研修にするためには、患者という研修資源は不可欠であるが、それに加えてきちんとオーディットできる情熱のある指導医がいることが必要である.今回の研修において、指導医が研修医教育のため外来で余分に要した時間は、1症例の討論を30分と考えると1回の外来で平均2症例分、約1時間であった.この研修が成立するためには、このように指導医に通常の外来診療に加えて無償の労力が要求され、施設としての教育システムより個人の情熱によるところが大きい.しかし、我々は、システムを先に作るのではなく、卒後教育に情熱を持った医師たちの努力で先ず実績を作れば二次的にシステムが完成されるのではないかと考えている.

文献

1. 伊賀幹二、八田和大、西村 理他:研修医のための病歴と身体所見を中心とした問題  解決型循環器症例カンファレンス.医学教育 1996;27:181-184

2. 社団法人日本内科学会認定医制度研修カリキュラム(改訂第6版)1996年2月

3. 大西弘高、松本正俊、井上信明他:当院救急外来症例の主訴別頻度と教育的役割.   第5回総合診療研究会、 佐賀、1997

4. 大滝純司: 模擬患者(SP)によるコミュニケーッション教育の有用性.

  JIM 1995;5:812-817

表説明

表1;アンケートの結果と研修医からの個別の意見